なぜ機長は「直感」を信じないのか? ──不確実な人生とビジネスを生き抜く、データと事実に基づく「操縦法」

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なぜ機長は「直感」を信じないのか? ──不確実な人生とビジネスを生き抜く、データと事実に基づく「操縦法」

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ポッドキャスト(対話形式)


はじめに

真夜中の海の上の飛行、 操縦席の外は、上も下も区別のつかない真っ暗な世界です。

そんな時、ふと不思議な感覚に襲われることがあります。 「あれ? 機体が右に傾いている気がする……」

自分の体は確かにそう感じている。重力すら感じる。 「ハンドルを左に戻さなきゃ」と、本能が訴えてくる瞬間・・・。

でも、目の前の計器(機械)を見ると、機体はピタリと「水平」に飛んでいる。

さて、あなたならどちらを信じますか? 自分の「リアルな感覚」でしょうか。それとも「機械のデータ」でしょうか。

ここで自分の感覚を信じて操縦桿を切ってしまうと、機体は意図しない方向へ行き、最悪の場合バランスを崩し、きりもみ状態(スパイラル・ダイブ)になるかもしれません。これを航空用語で「空間識失調(バーティゴ)」と呼びます。

だからこそ、私たちパイロットは訓練の初日に、こう口酸っぱく教わります。 「自分の感覚(直感)ではなく、計器(事実)を信じなさい」

これ、実は空の上だけの話ではないんです。 私たちの毎日の仕事や暮らしでも、「なんとなく」や「勘」に頼って失敗してしまうことってありませんか?

この記事では、私がコックピットで実践してきた「あえて直感を信じず、事実を見る習慣」についてお話しします。 この「空の知恵」を少し意識するだけで、日々の迷いが晴れて、もっと安心して人生の操縦桿を握れるようになりますよ。

第1章:なぜ「直感」は嘘をつくのか?

人間の感覚センサーは、実はポンコツです

いきなり少し失礼なことを言いますね。実は、私たち人間の体についている「感覚センサー」は、空の上では驚くほどポンコツなんです。

耳の奥にある「三半規管」という器官をご存知でしょうか? 平衡感覚を司る大切な場所ですが、このセンサーは「目からの情報」がないと、わずか数十秒で誤作動を起こし始めます。

例えば、回転する椅子に座って目を閉じ、誰かにゆっくり回してもらうとします。最初は「回っている」と分かりますが、回転のスピードが一定になると、今度は「止まっている」と勘違いし始めます。そして回転が止まると、今度は「逆回転している」と感じてしまうのです。

これがコックピットで起きると致命的です。 「傾いている気がする」「加速している気がする」。 こうした感覚のほとんどは、脳が勝手に作り出した「錯覚」です。

実際にこの感覚に襲われて墜落した事例もあります。

だからこそ、パイロットの世界には絶対の鉄則があります。 「Feeling(感覚)とReading(計器の数値)が食い違ったら、100% Readingを信じろ」

自分の体がどれほど強く「こっちだ!」と叫んでいても、その声を無視して、クールな計器に従う。これができないと、パイロットの資格は持てないのです。

地上でも起こる「認知バイアス」という名のめまい

「まあ、自分は地上で生きているから関係ないよ」と思われたかもしれません。 でも、実は地上でも、私たちの脳は頻繁に「バーティゴ(空間識失調)」を起こしています。

心理学ではこれを「認知バイアス」と呼びます。

例えば、仕事や投資でこんな経験はありませんか? 「このプロジェクトはなんとなく上手くいく気がする」 「あの人の話は怪しい気がする(あるいは、信じたい)」

これ、実は「直感」ではなく、都合の悪い情報を見ないようにする「正常性バイアス」や、自分の信じたい情報だけを集めてしまう「確証バイアス」であることが多いんです。

空の上でのバーティゴは、物理的に飛行機を墜落させます。 一方、地上でのバーティゴ(思い込み)は、すぐには命を奪いません。しかし、その代わりに「資産」や「信用」を静かに、でも確実にクラッシュさせてしまうのです。

「なんとなく」で決めた投資が失敗したり、第一印象だけで人を判断して人間関係がこじれたり……。これらはすべて、私たちが自分のポンコツなセンサーを過信してしまった結果なんですね。

第2章:機長が定義する「正しい直感」とは

「直感」の正体は、実は「高速の論理」

「直感を信じるな」と言ったばかりですが、実は矛盾することを言います。 ベテランの機長になると、出発前にふと「今日はなんとなく嫌な予感がする」と言って、燃料をいつもより多めに積むことがあります。

すると不思議なことに、そのフライトに限って到着地の天候が急変したり、予期せぬトラブルで上空待機を命じられたりするのです。「あの予備燃料がなかったら危なかった……」ということが、実際に起こります。

これはオカルトや超能力の話ではありません。 将棋の羽生善治さんが「直感の7割は正しい」と仰ったことがありますが、機長の「嫌な予感」もこれと同じメカニズムです。

プロの直感とは、過去何千回というフライト経験の「脳内データベース」から、無意識のうちに類似パターンを検索し、超高速ではじき出された「論理的な結論」のことなのです。

「今日の雲の形」「整備士の表情」「気圧の変化」……言葉にできないほどの小さな違和感を脳が勝手に拾い集めて、「いつもと違うぞ」と警告を出している状態。これが「プロの直感」の正体です。

ここで大切なのは、「素人の勘」と「プロの直感」は似て非なるものだということです。

  • 素人の勘 = 根拠のない思い込み、ただの願望。
  • プロの直感 = 圧倒的な経験に基づく、論理のショートカット。

もし、その分野において十分なデータ(経験)がないのであれば、自分の直感を信じてはいけません。投資の初心者が「なんとなく上がりそう」で株を買ってはいけない理由が、まさにこれです。

それでも機長は「直感」を検証する

では、経験豊富な機長なら直感だけで飛んでいいのでしょうか? 答えはNOです。

私たちは、脳が発した「嫌な予感」を、あくまで「仮説」として扱います。信じ込むのではなく、疑ってかかるのです。これを「クロスチェック(相互確認)」と呼びます。

例えば、「天候が荒れる気がする(仮説)」というアラートが鳴ったら、すぐに裏付け捜査を始めます。

  1. 最新の気象レーダーを確認する(データを見る)
  2. 近くを飛んでいる他機に無線のレポートを聞く(事実を集める)
  3. 燃料計算書とダイバート(目的地変更)の可能性を照らし合わせる(計算する)

こうして「直感」を「事実」で裏付けして初めて、それは「判断」に変わります。

「直感」はあくまで、注意を促すサイレン(警報)に過ぎません。実際にハンドルを切るかどうかを決めるのは、いつだって「データ」と「事実」なのです。

第3章:地上の生活に応用する「事実(ファクト)中心」の生き方

空の理屈はわかったけれど、じゃあ明日からどうすればいいの? そう思われた方のために、私が地上に降りてからも実践している「コックピット流・判断術」を3つご紹介します。

1. 形容詞を捨てて、「数字」で語る癖をつける

私たちはつい、自分の状態を形容詞で語ってしまいます。 「最近、なんとなく体調が悪い」「あの部下はやる気がない」「仕事がめちゃくちゃ忙しい」。

これらはすべて「感覚」です。このままだと、対策も「なんとなく気をつける」という精神論になってしまいます。機長はこれを「数字」に置き換えます。

  • 「なんとなく体調が悪い」 → 「睡眠時間が平均5時間を切っている」「体重が2kg減った」
  • 「あの部下はやる気がない」 → 「今月、遅刻が3回ある」「提出期限を2回過ぎた」

数字は嘘をつきません。 「忙しい、やばい」とパニックになりそうな時ほど、一度深呼吸をして、状況を数字に翻訳してみてください。それだけで、脳の興奮が冷めて、冷静なコックピットの視点に戻れるはずです。

2. 「事実(Fact)」と「意見(Opinion)」を仕分ける

副操縦士からの報告を聞く時、私は常に頭の中で情報を2つの箱に仕分けています。 それは、「事実(Fact)」の箱と、「意見(Opinion)」の箱です。

例えば、「雨が降りそうです」というのは「意見(感想)」です。 一方で、「降水確率は80%です」というのは「事実(データ)」です。

日常会話や会議でも、これを意識してみてください。 相手が熱っぽく語っている内容は、ただの「感想」なのか、それとも裏付けのある「事実」なのか。

「それはあなたの意見ですか? それとも確認された事実ですか?」 これを口に出して聞くと角が立つので(笑)、まずは心の中で自問自答するだけで十分です。判断の材料にしていいのは「事実」の箱に入っているものだけ。これさえ徹底すれば、人間関係のトラブルや誤解は劇的に減ります。

3. 迷った時に見る「自分の計器」を決めておく

人生には、どうしても先が見えない「視界不良」の時があります。 不安で押しつぶされそうで、自分がどこにいるのか分からなくなる(バーティゴになる)時です。

そんな時のために、「これだけは信じられる」という自分だけの計器(判断基準)を決めておきましょう。

私の場合は、この3つを計器にしています。

  1. 貯金残高(経済的な燃料はあるか?)
  2. 健康診断の結果(機体の調子は万全か?)
  3. 家族の笑顔(乗客は安心しているか?)

頭の中の「不安」という幻影と戦うのはやめましょう。 その代わりに、手元にある「確かな数字」や「大切な人の顔」を見るのです。確実なデータさえあれば、私たちはパニックにならず、正しい針路に戻ることができます。


まとめ:人生というフライトを安全に飛ぶために

空の世界では、自分の感覚を疑うことが、生き残るための第一歩でした。 これは、地上でも同じことだと思います。

自分の直感や感情を否定する必要はありません。でも、重要な決断をする時だけは、その直感を過信せず、客観的な「データ」と「事実」という計器を信じてみてください。

「スリルある勘頼みの飛行」よりも、退屈なくらい「安全で確実なフライト」を。 それが、長く飛び続けるための秘訣です。

今日から一つだけでいいので、「なんとなく」で決めていたことを、「数字」で確認してから決めてみてください。 あなたの人生のコックピットに、信頼できる明かりが灯るはずです。

 Gooday

-空の知恵(LIFE SOP)