査察操縦士が見ている「採用したい候補者」の共通点

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査察操縦士が見ている「採用したい候補者」の共通点

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(ポッドキャスト 対話形式)


査察操縦士(チェック・パイロット)という言葉を聞いて、皆さんはどのようなイメージを抱くでしょうか。

コックピットの後ろのジャンプシートに座り、鋭い眼光で操縦の一挙手一投足を監視し、ミスがあれば容赦なく指摘する「空の裁判官」。そんな恐ろしい存在だと思っている方もいるかもしれません。

確かに、私たちの仕事はパイロットの技量を評価し、空の安全という絶対的な基準を守ることです。しかし、採用試験や昇格訓練の現場において、私たちが見ているのは単なる「操縦の上手さ」だけではありません。

「この人と一緒に、起こるであろう様々な飛行のトラブルを乗り越えられるか?」 「この人に、自分や家族の命を預けられるか?」

今回は、数多くのフライトを見てきた査察操縦士の視点から、技術を超えた先に在る「採用したい候補者」の共通点について、本音で語りたいと思います。

技術は「足切りライン」、人間性は「決定打」

まず大前提としてお伝えしたいのは、現代のエアラインにおいて、操縦技術が一定の基準に達していることは「当たり前」だということです。

シミュレーター試験において、規定通りの高度・速度を維持できるか、SOP(標準運航手順)を遵守できるか、着陸を安全に行えるか。これらはあくまで「足切りライン(ミニマム・リクワイアメント)」に過ぎません。

私たちが本当に目を光らせているのは、予期せぬトラブルが起きた時、あるいは極度のプレッシャーがかかった時に滲み出る「その人の本質」です。

採用したいと思わせる候補者には、驚くほど共通した「5つの資質」が存在します。

共通点1:エラー・マネジメント能力(ミスをした後の「10秒間」)

完璧なパイロットはいません。ベテランの機長であっても、人間である以上必ずミスをします。採用試験のシミュレーターによる試験でも同様です。

不採用になる候補者の多くは、ミスをしたこと自体で評価が下がるのではありません。ミスをした後の振る舞いで評価を落とすのです。

  • ダメな例: ミスを隠そうとする、言い訳をする、ミスを引きずってその後の操作が乱れる(連鎖的エラー)。
  • 採用したい例: 即座にミスを認識し、修正し、クルーに共有し、気持ちを切り替える。

私たちが注目するのは、ミスが発生した直後の「10秒間」です。

優秀な候補者は、例えば高度逸脱をした瞬間に「あっ!」という顔をして固まるのではなく、「高度修正します」と冷静に宣言し、修正操作を行います。

これは「レジリエンス(回復力)」とも呼ばれます。失敗をなかったことにするのではなく、失敗を運航の一部として受け入れ、安全な状態へリカバリーする力。

この「修正力」こそが、実運航で最も頼りになる能力なのです。

共通点2:高い「状況認識力」と「余力(キャパシティ)」

コックピットには「Thinking Ahead(先を読め)」という言葉があります。常に現在の状況だけでなく、5分後、30分後、着陸後の状況まで予測して行動せよ、という意味です。

採用したい候補者は、常に「脳内のメモリに空き容量」がある人です。

例えば、エンジントラブルの対処中に管制官から予期せぬ指示が飛んできたとします。 余裕のないPilotは、トラブル対応に没頭するあまり無線を聞き逃したり、あるいは無線に応答しようとして手順を間違えたりします。

一方、優秀なPilotは、優先順位(Priority)の付け方が明確です。 「まずは飛行機を安定させる(Control First)」と言う原則を体に染み込ませており、「今は操縦に集中すべき時なので、無線は待ってもらう(Standbyと言う)」という判断が瞬時にできます。

彼らは「焦っていない」のではありません。「起きている現象を冷静に理解して準備ができている」から落ち着いて見えるのです。フライト全体を先回りして把握しているため、突発的な事象が起きても脳内のメモリがオーバーフローしないのです。この「静かなる余裕」は、隣に座っていて絶大な安心感を与えてくれます。

共通点3:真の意味での「CRM(チームワーク)」

かつての航空業界では「機長は神様」であり、独裁的なリーダーシップが良しとされていました。しかし現在は違います。CRM(Crew Resource Management)が重要視され、チームとして安全を達成することが求められます。

ここで勘違いしてはいけないのが、CRMとは単に「仲良くすること」ではないという点です。

採用したい候補者は、以下の2つのバランスが絶妙です。

  1. Assertiveness(主張性): 機長や審査官相手であっても、安全に関わる疑問や違和感があれば、敬意を持って、しかしハッキリと意見具申できること。「機長、高度が下がっています。ゴーアラウンド(着陸復行)しましょう」と言える勇気。これは命を守るための最後の砦です。
  2. Receptiveness(受容性): 逆に、自分が操縦している時に、副操縦士や管制官からの指摘を素直に受け入れられること。「自分は正しい」というエゴを捨て、「安全が正しい」という姿勢を貫けるか。

相方のサポートを無視して「俺が着陸させてやる」と一人で奮闘してしまうケース、これは最悪の評価になります。
こまめに相方とコンタクトを取り、チームの総力を結集してフライトを作れる人。それが現代の求めるパイロット像です。

共通点4:デブリーフィングでの「素直さ(Intellectual Honesty)」

フライトが終わった後の「デブリーフィング(振り返り)」も、実は重要な審査の一部です。むしろ、ここで合否がひっくり返ることすらあります。

審査官が「あそこの進入、少し高かったね」と指摘したとしましょう。

  • 残念な候補者: 「いえ、風が急に変わったので…」「計器の表示が見にくくて…」と、外部要因のせいにする(防衛的反応)。
  • 採用したい候補者: 「はい、認識していました。修正操作が遅れた原因は、スキャン(計器確認)の配分が悪かったためだと分析しています。次回は〇〇に注意します」と、自己分析ができている。

これを「知的誠実さ(Intellectual Honesty)」と呼びます。

自分の未熟さを認め、それを改善の糧にできるか。この「素直さ」がないパイロットは、入社後の訓練で伸びません。指摘を攻撃と捉えて心を閉ざしてしまうからです。

私たちは完成されたパイロットを採用したいわけではありません(機種が変わればまた訓練生ですから)。私たちが欲しいのは、「教え甲斐があり、自ら成長し続けられる素材」なのです。その核となるのが、この素直さと自己分析能力です。

共通点5:航空への「リスペクト」と「情熱」

最後は、精神論のように聞こえるかもしれませんが、最も根源的な部分です。

コックピットという狭い空間で長時間過ごす仕事です。スキルがあっても、斜に構えた態度や、仕事への熱意が感じられない人間とは、正直一緒に飛びたいとは思いません。

採用したい候補者の共通点は、「空を飛ぶことへの畏敬の念」を持っていることです。

自然の脅威、重力、そして数百人の命。これらと向き合う仕事に対する真摯な姿勢は、制服の着こなし、ブリーフィングルームへの入室の仕方、資料の扱い方、そして言葉遣いの端々に表れます。

彼らは決して「俺はパイロットだ」とふんぞり返りません。むしろ、航空機という巨大なシステムの一部であることを自覚し、整備士、客室乗務員、地上係員への感謝を忘れません。

「この人は本当に飛行機が好きなんだな」「プロフェッショナルとしての誇りを持っているな」と感じさせるオーラ。それは言葉以上に、審査官の心を動かします。

結論:私たちが探しているのは「Good Neighbor」

私たち査察操縦士が、候補者の合否を迷った時に最後にする質問があります。

「長距離フライトで、この人と隣の席になりたいか?」 「自分の家族が乗る便の操縦桿を、この人に任せられるか?」

これが全てです。

卓越した操縦技術(ハンズ・スキル)は、訓練で磨くことができます。知識は勉強すれば身につきます。しかし、とっさの判断に出る人間性、ミスへの向き合い方、他者への敬意といった「Non-Technical Skills(ノンテクニカル・スキル)」は、その人の生き方そのものであり、一朝一夕には変えられません。

もしあなたが、パイロットを目指している、あるいはキャリアアップを考えているなら、どうか「完璧に操縦すること」だけに囚われないでください。

  • 失敗を恐れず、リカバリーする強さを持つこと。
  • 常に「余裕」を作れるよう、徹底的に準備すること。
  • 隣の人間を信頼し、信頼される振る舞いをすること。
  • そして、自分の未熟さを認める勇気を持つこと。

私たちが探しているのは、スーパーマンではありません。 人間味があり、弱さを知った上で、それでもプロフェッショナルとして安全を追求し続けられる、信頼できる「仲間」なのです。

 Gooday

-空の知恵(LIFE SOP)