パイロットに学歴は必要か?(教官としての本音)

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パイロットに学歴は必要か?(教官としての本音)

音声でお聞きになりたい場合は以下からご利用ください。

ポッドキャスト(対話形式)


~空が求めているのは「偏差値」か、それとも「センス」か~

「パイロットになりたいんですが、やっぱり東大や早慶じゃないと無理ですか?」 「理系じゃないとダメですか? 偏差値はどれくらい必要ですか?」

教官として現場に立っていると、訓練生やその親御さん、あるいはパイロットを目指す若者から、この質問を嫌というほど受けます。

結論から言いましょう。 飛行機は、あなたの出身大学を知りません。 あなたが東大卒だろうが、高卒だろうが、操縦桿を引けば機首は上がり、押せば下がります。空力(エアロダイナミクス)は、操縦席に座っている人間の「偏差値」には一切忖度してくれません。

「じゃあ、学歴なんて関係ないんですね! 勉強なんてできなくていいんですね!」

そう思ったそこのあなた、甘いです。あなたはパイロットには向いていません。回れ右をして帰った方がいいでしょう。

実は、この「学歴は必要か?」という問いには、航空業界特有の「二重構造の真実」が隠されています。 今回は、募集要項には書かれない、教官として何百人の訓練生を見てきた私の「本音」をお話しします。

1. 「学歴」と「就職」の冷酷な現実

まず、夢のない現実的な話を片付けましょう。 「免許を取る(操縦すること)」と「エアラインに就職する(プロになる)」は、全く別のゲームです。

法的には、パイロットの免許(事業用操縦士など)を取得するのに、大卒の資格は不要です。極端な話、中卒でも高卒でも、訓練費を払い、試験に合格すればパイロットのライセンスは手に入ります。

しかし、あなたが「JALやANAのような大手エアラインの機長になりたい」と思うなら話は別です。 現在、日本の大手航空会社の自社養成パイロット(会社が費用を出して育ててくれる枠)や、航空大学校の受験資格の多くは、依然として「大卒(見込み含む)」や「短大・高専卒」がベースです。

なぜか? それは「フィルター」として機能しているからです。 数千倍の倍率になる人気職種において、企業側が効率よく人材をスクリーニングするための指標として、学歴が使われている事実は否定できません。

ですが、ここからが本題です。 では、「高学歴=優秀なパイロット」なのか?

現場の実感として言わせてもらえば、答えは明確に「NO」です。 むしろ、中途半端なエリート意識を持った高学歴者ほど、訓練の初期段階でポッキリと心が折れて脱落していくケースを、私は何度も見てきました。

2. コックピットで求められる「頭の良さ」の正体

パイロットに必要なのは、学校のテストで100点を取る能力ではありません。 私たちが求めているのは、「CPUの処理速度」と「RAM(メモリ)の容量」です。

学校の勉強、特に日本の受験勉強は「ハードディスク(記憶容量)」の勝負です。 歴史の年号をどれだけ覚えているか、英単語をいくつ知っているか。これは「知識の蓄積」です。

しかし、飛行機の上で「知識の蓄積」は、あくまで前提条件に過ぎません。 時速800kmで移動し、刻一刻と天候が変わり、管制官から早口の英語で指示が飛び、同時に計器がマイナートラブルを示している。 この状況下で求められるのは、蓄積した知識を瞬時に引き出し、最適解を導き出す「処理能力(プロセッシング・スピード)」です。

  • マルチタスク能力: 耳で無線を聞き、目で計器をスキャンし、手で操縦桿を動かし、口で副操縦士に指示を出す。
  • 状況認識(SA): 今の飛行機の状況は? 風向きが変わったからアプローチを変えるべきか? を瞬時に判断する。

これを私たちは「地頭が良い」「センスがある」と呼びます。 いくら有名大学を出ていても、一つのことに集中すると周りが見えなくなるタイプ(一点集中型)は、残念ながらコックピットには適応できません。

逆に、偏差値はそこそこでも、変化への対応が早く、要領よく複数のタスクを捌ける人間が、素晴らしい機長になっていくのです。

3. 「優等生」が陥る罠:正解のない空

高学歴の訓練生が最も苦戦するのが、「正解主義」からの脱却です。

彼らは人生でずっと「正解のあるゲーム」を勝ち抜いてきました。テストには必ず答えがあり、それを書けば褒められました。 しかし、空に「唯一絶対の正解」はありません。

「着陸時の横風が制限値ギリギリだ。降りるか、ゴーアラウンド(着陸復行)するか?」

降りて成功すれば「ナイスランディング」ですが、失敗すれば事故です。 ゴーアラウンドすれば安全ですが、燃料を消費し、ダイヤを乱します。 その時の機体重量、滑走路の状態、自分の疲労度、全てを勘案して「よりマシな選択」を選び続けなければなりません。

ここで高学歴エリートはフリーズします。 「教官、正解はどっちですか? マニュアルの何ページに書いてありますか?」

マニュアルには「判断しろ」としか書いてありません。 失敗を恐れ、減点を恐れ、「間違いたくない」と石橋を叩いている間に、飛行機は滑走路を通り過ぎていきます。

パイロットに必要なのは、「100点の正解を探す能力」ではなく、「60点でもいいから、最悪の事態(0点=死)を回避し続ける決断力」なのです。 この「泥臭い決断力」においては、挫折を知らないエリートよりも、スポーツやアルバイトで揉まれてきた「雑草魂」のある人間の方が強いことがよくあります。

4. とはいえ「勉強」から逃げた人間は論外

ここまで「学歴なんて関係ない」というような書き方をしましたが、誤解しないでください。 「勉強しなくていい」わけでは絶対にありません。

むしろ、パイロットという職業は、「一生勉強(Life Long Learning)」の最たるものです。

  • 物理・数学: 高校レベルの物理(力学)や数学(ベクトル・三角関数)の理解がないと、飛行原理やエネルギー管理の本質が理解できません。「サイン・コサインなんて社会で役に立たない」と言って逃げてきた人は、ここで詰みます。
  • 英語: これは「科目」ではなく「生存ツール」です。マニュアルは全て英語、緊急時の交信も英語。TOEICの点数稼ぎではなく、命を守るためのコミュニケーションツールとしての英語力が必須です。
  • 法規・システム: 航空法は改正され続け、機体のシステムはアップデートされ続けます。機長になってからも、半年ごとの審査のために膨大なマニュアルを読み直さなければなりません。

ここで「学歴」の本当の意味が出てきます。 パイロットに求められるのは、大学名というブランドではありません。 受験勉強という過酷なプロセスを通じて培ったはずの、「嫌なことでも机に向かい続ける忍耐力」「効率的に新しい知識を習得する学習習慣(学習のOS)」です。

もしあなたが「勉強が嫌いだから、体を使うパイロットになりたい」と思っているなら、それは大きな間違いです。 パイロットは、「空飛ぶ学者」でなければならないのです。

5. 教官が見ている「真の資質」

私たち教官は、訓練生の何を見ているのか。 フライトシミュレーターの上手さ? 筆記試験の点数? もちろんそれも見ますが、最も重視しているのは「失敗した後の態度」です。

訓練では、必ず失敗します。着陸に失敗し、手順を間違え、教官に怒鳴られる。 その時、高学歴でプライドの高い訓練生の中には、言い訳をする者がいます。 「風が悪かったので」「教官の指示が聞こえなかったので」 自分を守るための理論武装は一級品ですが、こういう人間は伸びません。そして何より、マルチクルー(多人数運航)において危険です。

一方、伸びる訓練生はこう言います。 「悔しいです。今のミスは、私の確認不足が原因でした。次はこう改善します」

素直さ(Openness)。 回復力(Resilience)。 そして、自分の未熟さを直視できる客観性(Metacognition)。

これらは偏差値では測れません。しかし、これこそがパイロットの適性検査(自社養成試験など)で、面接官が必死になって見極めようとしている「非認知能力」の正体です。

結論:空は最も公平な実力社会

話をまとめましょう。

パイロットに学歴は必要か?

就職の入り口チケットとしては、「ある程度は必要(大卒程度)」であることが多いのが現実です。 また、膨大な知識を習得するための「学習習慣」「基礎学力(英語・物理)」は絶対に必要です。

しかし、ひとたびコックピットに入れば、出身大学の偏差値など紙切れ一枚の価値もありません。 空の上では、誰もあなたの経歴書を見ません。 見るのは、今のあなたの操縦(ハンドリング)と、判断(ディシジョン)だけです。

あなたがもし、今の学歴にコンプレックスを持っていたとしても、それを理由に諦める必要はありません。 必要なのは、一流大学の卒業証書ではなく、「学び続ける覚悟」「変化に対応する柔軟な知性」です。

逆に、高学歴を鼻にかけている人がいるなら、今のうちにそのプライドは捨てた方がいい。 重たいプライドは、揚力を奪い、あなたを墜落させる原因にしかなりません。

空は厳しいですが、同時に誰にでも平等です。 覚悟のある方が、私たちの世界に来てくれることを待っています。

 Gooday

-空の知恵(LIFE SOP)